2010年06月 - フィールドノート Level チラシの裏

現地調査 review:03 芝公園にあった純粋階段

「現地調査review:~」は写真スキャナーの取り込みソフトが言う事聞かないので、古いプリントをデジカメで直接撮影して
アップしようと考えた企画。
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初回調査日 1984年12月29日
再調査 2010年6月
私が20歳を少し過ぎた頃、毎日のようにコラムシフトの日産アトラスを操り、東京タワーの足元を通過していたのだが、
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交差点の名前もズバリ「東京タワー下」に、信号待ちで止まる度に気になる作りかけの階段があった。
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昭和59年の年末、改めてその詳細を撮影すべく現地に赴いた。
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現在供用されている階段は左画像の物を延長したのではなく、背後の石貼りと共に全部新規に施工した物だ。
古い階段は何故途中で工事を止めたのか。階段が取り付くコンクリート壁の石張りも、途中で止めてあるし
階段の行き着くであろう場所の壁上部にも、ちゃんと切り欠きがしてある。

しかしジャンプ台にも成り得る階段なのに何とも緩い囲いだw
今ならすぐ管理責任とか‥
足元には適当にコンクリパイプが転がるこの画像に昭和レトロを感じるのは私だけでありましょうか?
左画像の上にも注目してください。小幅の杉板を並べた型枠模様が写ってますね。
この壁は昭和30年代以前の施工に間違いないと思います。
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このアンカー用に曲げた鉄筋やその密集具合も昔っぽくて味わい深いものです。
古いビルやアパートでも増築を予定したのか、こんな錆びた曲げ鉄筋剥き出しになっていたのをよく見かけました。
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しかし2枚の写真を階段位置基準で見ると、背後の大きな石との距離が見合わないと感じます。

石の位置基準で撮影した画像。銀塩写真とデジカメでは焦点距離が違うので、全く同じ距離感での撮影は難しいのですが、何となく石は上の画像で言う奥側に移動したと思われます。
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ちなみにこの石は長柏園跡碑だそうです。
石に文字が刻んであったのですが、前に家族連れが陣取っており詳細を読めませんでした。
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新しい階段の施工年に関する表示を探したけど手掛かりは無し。
コンクリートやアルミ手摺りの劣化具合を見るに20年近くは経ってる感じ。
調べるには時間が経ち過ぎていて、この純粋階段の由来はわからぬままです。
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現地調査 review:02 北区にあった「スウハトンメトーパア端田」

「現地調査review:~」は写真スキャナーの取り込みソフトが言う事聞かないので、古いプリントをデジカメで直接撮影して
アップしようと考えた企画。(このエントリーはスキャナー使用)
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初回調査 1991年頃
再調査 2007年4月,7月
再々調査 2009年8月

2007年4月撮影
東京都北区の環状五号線、通称明治通りに面し所在していた3階建ての小さな古いアパート。
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建築系の仕事を始めた20年ほど前、面倒をみてくれた鳶の親方がこの近所住んでおり
壁から鉄筋が突き出した古いアパートを目印に行き来した。
そんなある日建物をじっくり見ると、玄関のアパート名が右書きであることに気づいた。
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当時は特に用が無ければ仕事にカメラを持って行かなかったし、建物も十分現役だったので
漫然と眺めるだけだった。
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自分の仕事を自分で取る様になってから、この前を通りかかるのも年に一,二度になったある日、
急に「田端アパートメントハウス」の所在が気になった。
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2007年4月現地急ぐと、簡単な外壁の剥落対策ネットが施され、人気も無くひっそり佇んでいた。
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鉄筋を突き出し増築を意識した外壁。
外階段の踊り場は増築時に壊すつもりだったのか?
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三階の突き出した梁底の鉄筋は微妙に上向きになっている。
新築時にとりあえずここも踊り場にしようとしたのか?
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壁鉄筋のコンクリ被りが少ない上、ジャンカになった部分も見える。
かなり早い時期に爆裂が始まったのではと思う。
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薄い板に長いネジを捻じ込む。その状態でネジを引っ張るとグラグラして簡単に抜けてしまう。
板の裏にネジ山を支える木っ端や鉄板があれば簡単には抜けない。
本来ならこの鉄筋は、柱の中で90度折り曲げてあるもの。
もし曲げたくないのなら、踊り場部のようにコンクリートで包み込まないとダメなのだ。
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梁上部の鉄筋に光ファイバーらしきケーブルが固定してある。
第二次大戦前に作られた丸棒鉄筋で光ファイバーの支持役を果したのは、日本中探してもこれ以外無いのでは?


おしゃれな模様の手すり。新築当時にも既製品で存在したのか?若しくは特注品か?
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この窓はアルミサッシに交換されている。枠の上部を見るに相当な雨水浸入があったと思われる。
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階段脇の車庫を覗き込んでみた。新築時の天井仕上げはモルタル塗りと思われる。
古びた天井の三寸角柱は、明らかに後の施工であろう。
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玄関ドア向かって左はガラスも無く内部筒抜け。
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裏側公道上からの眺め。この階段は溶接屋の看板を出していた建物の裏に当たる。
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2007年7月、これらの撮影に使っているコンデジ用のワイドコンバータを購入したので、
改めて撮影に赴いた。
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何と建物の周囲が簡単なバリケードでぐるり囲まれていた。
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いよいよこの飛び出し鉄筋ともお別れか。
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しかし改めて良く見ると、鉄筋の数と位置がおかしい。
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外階段踊り場の詳細。裏側だけ煤けているので、特に火災に見舞われたと言う訳でもないと思う。
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どうしても爆裂した所に目が行ってしまうけど、どんな名建築でも小さな施工不良はつき物
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そういう事実もちゃんと記録しておくのは、大切だと思うのです。
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もう当分来られないけど、また姿を見られるのだろうか。
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実は建設業界で働き出して間もない頃、周りの人から「浮間の親父」と呼ばれていた
身上が謎の水道職人の手元でこの建屋の内部に立ち入った事があった。
山形新幹線開通前で、仕事ついでに在来線の「つばさ」を撮影しようとカメラを持って来ていたのだ。
以下モノクロ画像はその時(1991年頃)の撮影。
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2007年当時よりはまだ綺麗な増築予定面。
手前の電気メーターも健在だ。
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そして内部階段。
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二階の階段踊り場~廊下部分
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大便器は床下給水のC1かと思いきや建物の建設時期に似合わない床上給水型和便器
メーカー不明なるもTOTOのC375相当品が取り付けられていた。
もしかしたら昭和30年代以降に、大掛かりな交換工事をしたのかも。
この頃はロゴマークに興味が無かったので、メーカーは不明。大きな丸に見えるので
アサヒ衛陶製かも知れない。
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小便器もメーカー不明なるもTOTOのU5相当品が取り付けられていた。
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2008年夏前、久しぶりにこの前を通りかかる機会があった。

しかしすっかり更地。雨上がりでぬかるんだ地面に、解体ガラを搬出したと思われる
太いタイヤの跡がクッキリ残っていた。
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そしてそれから約一年後の2009年8月、新しくコインパーキングが出来た。
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以前の増築予定地もコインパーキングだったが、
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今回はその時とは違う業者が営業管理していた。
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裏道から明治通りを望む。
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現地調査 review:01 内幸町の古いビルにあった水飲み場

「現地調査review:~」は写真スキャナーの取り込みソフトが言う事聞かないので、古いプリントをデジカメで直接撮影して
アップしようと考えた企画。
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初回調査日 1984年12月29日
再調査 2010年6月
新橋駅から北に徒歩3分程、JRの高架に面した新幸橋交差点角には、かつて旧東京生命保険の本社ビルがあった。
以下画像で表示される古いビルは昭和の末期頃まで存在していたようだが、調べ方が悪いのかネットの検索でも正確なビル名や由来はわからなかった。
平成になって完成した現在のビルは、旧東京生命保険破綻後内幸町平和ビルと名を変えている。
東京のホテルに詳しい方は「第一ホテルアネックス」のビルと言えばお判りになるだろうか。
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当時その古いビルを見る度に気になっていたのが、壁面歩道に面してあった水飲み台の跡らしき物だ。
それは重厚な石壁にポッコリ飛び出してはいたが、水受け部はモルタルで埋められ水栓も根こそぎ
撤去しモルタルを詰め込んだ様になっていた。
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当時は建築の知識より電気配線に興味があったので、ここまでしっかり痕跡があっても水飲み台であったのか
どうか自信が持てず、とりあえず写真に残しておけば何時の日か検証が出来るであろうと撮影したのであった。
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左画像:抵抗制御車の雄103系が爆走中
右画像:インバータ制御の新鋭E233系が100年前に建設されたレンガ積み高架橋の上を走る。

review01-6 それから25年が過ぎやっと自信を持って記事に出来る時代がやってきたw
 (遅いよ)

review01-7 誰がどう見ても水飲み台の跡ですね。
 当時この辺りを闊歩したビジネスマンたちが、腰を曲げて水をガブガブ飲んでいたらこれまた珍景に思えますがw
 また今90歳くらいのお婆さんの中には、「BG時代にここの水を飲んだ」と語る人がいるかもしれません。

review01-8 痕跡の位置から考えるに斜めに噴水する蛇口だったと思われます。
 この水飲み台は西日を遮る位置にあったので、夏の暑い時期ここで水を飲んだ後一休みする人たちも居たのではないでしょうか。


2010年現在、その場所は旗ポールが並んだ小さな広場になっている。
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