2012年09月 - フィールドノート Level チラシの裏

衛生陶器コレクション~小型手洗い器編~ その2

前記事リンク →衛生陶器コレクション~小型手洗い器編~ その1

大変長らくお待たせいたしました。
「古便器ジャーナル社」発行の月刊誌「楽しい衛生陶器」編輯長、lcx7672氏の小型手洗い器コレクションを
ご紹介するエントリーです。

今回の1点目、以前福井県にて操業していた北陸窯業製の作品になります。
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ロゴマークは何をイメージした物でしょう?ヒトデ?雪の結晶を図案化した様にも見えますね。
なお、新しい所ではマークなしで「hokuyo」の文字だけの物も存在しています。
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目皿は小さなものを直接置くタイプ。この個体の汚れは別として、大変滑らか且つ上質な成型で仕上がっています。
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この手の品の裏側は素焼き部分が見えるのが常識的な中、炉の床に接した部分のみ素焼きになってるなど、大変丁寧な仕上がりになっております。
このレベルのお品なら大切な方への贈り物にも最適ですね。
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2点目、常滑陶管製の作品。
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そういえばアルファベットの筆記体って最近見かけないですね。
癖字強い人の筆記体だと何が書いてあるのか判らない事が多いので、それはそれで良いのですが。
この様な印字だと読みやすくて良いですね。
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これは未使用新品なので、小さな目皿が針金で縛られたままになってます。
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埃がww。暇なときにでも写真差し替えておきますw
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裏には文字や記号の刻印無し。素焼き部分以外のネジ穴部辺りも、大変綺麗な成型がされております。
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出ました。今をときめくTOTO製、5重鷲ロゴの小型手洗い器の未使用新品です。
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鷲が地球を鷲掴みしているロゴマークはネットを検索すれば容易に見かけますが、
5重鷲ロゴの新品アップはこれが初公開と思われます。
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このロゴマークは大衆需要目的品用として1932年3月から硬質陶器質製品に使用された物であります。
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表面仕上げが貫入は別として、現在普通に見かける衛生陶器と違うのがお判りいただけるかと思います。
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裏側は流石TOTOと言いましょうか。壁に当たる縁の部分を研磨してあります。
タイル面に正しく当たれば、がたつきや無用な疵の発生を避けられますね。
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さー毎度の刻印数字の検証です。
上から60 27 8 '40 19
27 8は8月27日で当たってるはず。
年に関して、5重鷲マークは1932年から約30年間にわたって製造されているので、その範囲に収まるのは
60→1960年  だと52年前
'40→1940年  だと72年前
19→昭和19年  だと68年前
皆さんはどれだと思いますか。また夜眠れなくなってしまいましたww
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まだまだあるよ。その3へつづく
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一軒だけ残った建物の話

東京都中央区。まさに都心中の都心と言えるオフィス街の一角に小さな戸建て喫茶店がある。
住宅でもあるのでここで具体的な住所を記すのは避けるが、付近にお勤めや配達、営業などで付近に立ち寄る
皆さんならご存知と思う。
単独物語1

「自販機の缶コーヒー@ガードレールに腰掛けて飲む派」の私なので、飲食に利用せず店名を晒すのはオーナーの方に
申し訳無いが2012年現在、CAFE RICOと言うお店が盛業中だ。
単独物語2

gooooogle先生の検索結果を見ての通り、皆さん建物の佇まいを不思議に思っている様である。

以前の記事に書いたとおり、私は1984年から1987年にかけ仕事で東京の都心部一帯を担当していた。
そして、この建屋が所在する地域は1986年(昭和61年)の夏頃に私が担当した地域なのだ。

当時この一角は、細い私道?の様な道が東西方向に3本あり、それに面し古い小さな個人宅や事務所、
商店が密集していた。特に印象深かったのは南東側角にあった出桁造りの酒屋さんで、私が訪問した時に
丁度引越し準備の真っ最中。2ヵ月後に引っ越し建物を壊すと伺い、勿体無いな~と思った事を憶えている。

話を戻し、この建屋に向かって右側面に窓や出入り口があるのは、下図の赤塗りで示した位置で道路に
接していた名残である。
単独物語の図

↑東 →南

この一角は昔よく聞いた「地上げの嵐」と言うのをまともに受け、ここ一軒を残し解体撤去されてしまったのだ。

下の写真は配達の仕事をしていた時代に届け先の許可を頂いて撮影したもので、背後の住友Iビル完成直後の姿だ。
以下写真にて22年前と現在の様子を比べてみたい。
単独物語3

公開空地という言葉が珍しかった当時の告知看板。1990年2月撮影
単独物語4

22年後の姿。ステンレスは長持ちするねw 2012年8月撮影
単独物語5

この撮影時はまだ文具店で、近所の子ども相手と言うより事務所相手の雰囲気が漂っていた憶えがある。
単独物語6

街路樹の背が少し伸びたかな。
単独物語7

ビルの方は仕上げの作業中。
単独物語8

電線を地中に埋設したんだね。
単独物語9

露出オーバー気味だけど、細路地に面していた部分に日が当たってるのが面白く思えて撮った一枚。
単独物語10

単独物語11

木箱のハンコ入れが懐かしい。
単独物語12

このエントリーはネット上に口コミが掲載されている店舗兼住宅なので、所在地を文字で表さず記事にいたしましたが、
もし関係者の皆様がご迷惑と感じられましたら左カラムのメールフォームからお知らせ下さい。
確認のうえ対応させていただきます。
単独物語13
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廃公衆便所が存在する可能性について考える 3

先日、建築設備研究ブログ「イタンデイコウ!」管理人のfacilities01さんから、メールで外濠公園開園時の正確な時期や
設置設備を教えて戴きました。貴重な情報提供ありがとうございます。

その設置設備の中に「水飲み台」が含まれており、あの彫刻みたいな奴?と改めて取材に行くと、
外濠公園元便所ex3

3箇所あるうち1箇所は蛇口が外されていたが2箇所が現役使用されていた。
80年前の水飲み台、大事にして欲しいね。
外濠公園元便所ex4

で、私も戴いた情報を基に外濠公園に関する資料を探して休日はアチコチウロウロw
ある所で、関東大震災と第二次世界大戦の前後期間で公衆便所の構造(鉄筋や木造等)の変遷が
判る資料を見つけてしまい、そちらに気を取られておりますw

と言う訳で今回は外濠公園から離れて、港区にある有栖川宮記念公園に所在する廃公衆(公園)便所にご案内します。
有栖川宮記念公園元便所1

場所は公園敷地のほぼ中心で、都立中央図書館の南側に面している。
建屋に明り取りの窓が無いので、屋根直下の出隅部分だけで採光と換気していた模様。
有栖川宮記念公園元便所2

元トイレだって白状してますねw
有栖川宮記念公園元便所3

左側の人型。何か随分過酷な扱いされてますね。
有栖川宮記念公園元便所4

右側の方が肩幅が広いので、男子用でしょうね。
有栖川宮記念公園元便所5

出入り口のレトロモザイクタイルが昭和の便所を主張してます。
しかし何で変な位置に段差をつけてあるんだろう?
有栖川宮記念公園元便所6

裏側から。ここは雨水をちゃんと流すようになってますねw
有栖川宮記念公園元便所7

この公園は約40年前に拡張されるまで、ここが北端だったらしい。
拡張された部分にトイレを新設し、ここを閉鎖したと思われる。
有栖川宮記念公園元便所8

廃公衆便所が存在する可能性について考える 4へ続く
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